下関駅放火事件の本質

今日は下関駅放火の76歳被告に懲役10年の判決というニュースにちょっと考えさせられた。

犯罪者に今後10年の衣食住まで税金で賄うの?という忸怩たる思いは禁じ得ないものの、**「所持金を使い果たし、寒いのに警察官から駅を追い出されたことに腹を立て、再び刑務所に入るため駅全体を燃やすつもりで火を付けた」とした検察、「高齢の被告が、刑務所を出所後、格別の支援を受けることもなく、社会に適応できなかったことは酌むべき事情」**という裁判長のコメントがなぜか引っかかった。

「懲役10年」という懲役刑を与えたとしてもそれが果たして何かを解決する事になるのだろうか?

さらに漂流するホームレス セーフティネットなき日本社会の遭難を読んで愕然とした。毎月数万円の生活保護でも給付しておけば、誰かが救済の手をさしのべていれば、貴重な文化遺産を失ったり数億円の被害を生むような事にならず済んだのではないかと思うと、情けなくそして切ない。

検察も裁判所、そして行政も含めてすべて他人事としてしか捕らえていない気がするよ。

参照

YOMIURI ONLINE(九州発) http://kyushu.yomiuri.co.jp/

厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/

Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/

薔薇、または陽だまりの猫 http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005