渡良瀬川'96

『渡良瀬橋』を道連れに

特にどうというわけもないのだが、天気の良い春分の日。何となく渡良瀬川を観たくなり、上野を8時半頃の高崎線快速に乗る。高崎には10時過ぎに到着。すぐさま両毛線に乗り換えて、11時前に桐生に到着。わたらせ渓谷鉄道間藤行きまで1時間ほどあるので、一旦改札を抜けて桐生の街へ出る。そういえばバイクで通った事はあるけど、こうしてゆっくり街を見た事はなかったな....ふらふらと歩いてたら、渡良瀬川に出た。川面を上州名物赤城おろしが吹き抜ける。まだ雪の帽子をかぶった赤城山から吹き下ろす赤城おろしをお腹いっぱいに吸い込み、桐生駅に戻る。

カツサンドと焼きそばパン、それとコーヒーを買ってわたらせ渓谷鉄道の車内へ。暖かい陽射しに包まれた車内は少し汗ばむ程。大間々を過ぎると列車は渡良瀬川いに走る。しかしこの辺りではまだ中流域で渓谷というには程遠い。何ヶ所か対向列車待ち合わせで5〜10分程停車するが、車内はいたってのんびり。ほとんどの乗客はホームに出てタバコを吸ったり、背伸びをしたり.... 高崎線で7分止まって車内が騒然としたのとは大違い。もっともこれは予定外の停車だったから無理も無い話かもしれない。

神戸(ごうど)で過半数の乗客が下車。どうやら富弘美術館が目的のよう。ちなみに神戸駅〜草木ダム〜富弘美術館を村営バスが往復している。草木トンネルを過ぎると川の様子は一変し、渓谷美に目を奪われる。秋の紅葉シーズンでない事が残念。沢入を過ぎたところで急ブレーキ。「事故か?」と窓から顔を出すと....何と「サル、サル、サル〜」であった。野猿であろう。しかしこんな線路際にまで出て来るとは思わなかったが、よく見ると近くの畑は猿除けの金網電流デスマッチ状態で、日常的にここまで下りてきているようだ。残念ながらニホンカモシカと出会う事は無かった。

通洞で乗客はめっきり少なくなり、足尾からは貸切状態で終点間藤に到着。足尾は山間の静かな街であった。向こうに見える日光の山々はまだ雪を頂く。気がつくと日陰になった軒下にもまだ黒く汚れた雪が残っている。今乗ってきた列車で折り返すのも癪なので、線路沿いの道を歩いて戻りつつ次(1時間後)の列車で折り返すことにした。

5分程歩いただろうか、足尾銅山の迎賓館である「掛水クラブ」の近くに古びて欄干もだいぶ朽ちている橋があった。何気なく橋の名前を見ると「渡良瀬橋」と書いてある。いかにもありがちな名前ではあるが、足利だけでなく足尾にもあったか… それにしても有名になって綺麗に再塗装された足利渡良瀬橋と比較するといかにも不憫で気の毒になってしまう。

御彼岸参りで賑わうお寺を横目にのんびり散策し、30分程で通洞駅へ。駅前の自販機で噂の「Dr.ペッパー」を発見。目撃情報通りであった。これがあると正真正銘の田舎という噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

もう少し時間があるので足尾銅山の資料館へ。そういえば足尾鉱毒事件で教科書にも乗って有名な田中正造は、今でも栃木県で最も人気のある政治家だそうである。ちなみに2位はミッチーこと故渡辺美智夫氏。ついに1位にも総理にも成れぬままこの世を去られた訳で、さぞかし無念だった事だろう。おっと、話が脱線してしまった....

通洞桐生までの切符を買い、再びわたらせ渓谷鉄道の旅。車窓はまだ冬の装い。山間の春はもう少し遅い。水沼で途中下車し、構内の水沼温泉センターの露天風呂でひと休み。露天にしてもちょっとぬるいんでないの? おまけに高い塀で囲まれて見えるのは空だけ。まさにクリープを入れないコーヒー(笑)のようなものである。これでは展望内風呂の方がまだまし。3時間500円。

40分後の列車に乗り、夕闇迫る桐生の街へ戻る。今度はそのまま両毛線に乗って足利へ。ほぼ半年ぶりの足利の街は何も変わっていないように思える。綺麗な夕焼け…を期待していたんだが、残念ながら薄曇り。バイクなら織姫山まで登るところだが、今回は市内をあてもなく散策。特に何事もないけれど、リラックスした時間を過ごした。

6時半の電車で足利を後にして、小山経由で8時半に上野到着。春のうららの…というにはちょっと肌寒かったが、のんびりゆったりと春まだ浅い渡良瀬川の一日を満喫した。

森高千里の『渡良瀬橋』を道連れに



1996年3月20日、関東への長期出張中にぶらっと訪れた時の記録です。
NiftyServe観光フォーラムにアップした文章を再構成しています。


Yoshihisa Yano